[web記事]チャ・スンウォン「ハイヒール」国際スリラー映画祭で「大賞」の栄誉..「2冠王」


チャスンウォン ハイヒールの男


俳優チャ・スンウォン主演の映画「ハイヒール」が、海外でその作品性を認められた。

チャン・ジン監督が演出を引き受けた「ハイヒール」は、3月30日から4月3日までフランスで開かれた第8回国際スリラー映画祭で大賞の栄誉を手にした。批評家賞も受賞し、2冠に輝いた。

2014年6月、国内で公開された「ハイヒール」は、チャ・スンウォンが強烈な変身で4年ぶりにスクリーンにカムバックした作品。誰にも言えなかった自分の本当の姿を見つけることを決心した瞬間、致命的な事件に巻き込まれた凶悪犯罪担当刑事ジウク(チャ・スンウォン)の取り返しのつかない運命を描いた映画である。

チャン・ジン監督の語り手としての才能を超え、映画演出に対する審美的な感覚が際立っており、チャ・スンウォンは女性になりたい願望を持った男性を、繊細かつ大胆に表現して好評を博した。

(OSENの記事を翻訳しました)

*この記事はOSENのニュース記事を管理人が翻訳しました。チャ・スンウォン氏の非公式ファンサイトとして、日本のファンへの情報共有を目的に無断翻訳しております。著作権者、利害関係者からの削除要請の意思表示を受けた場合、速やかに誠意をもって応じたいと思いますのでご一報ください。

------------管理人のつぶやき------------

祝!大賞&批評家賞ダブル受賞!!

映画「ハイヒール(邦題:ハイヒールの男)」の公開から2年弱。フランスの映画祭で大きな賞を受賞しました。

「ハイヒール」はトランスジェンダーという難しい題材を扱った映画で、青少年観覧不可という日本でいうところのR指定映画だったこともあってか、韓国内での興行は34万人の動員にとどまりました。

公開から2年近く経った今、チャン・ジン監督がメガホンをとり、スンウォン氏が外見と内面のギャップに揺れ動く心を繊細に表現した「ハイヒール」が、海外で大きな評価を得ました。難しい役に挑戦して、見事な変身ぶりと苦悩するさまを見せてくれたスンウォン氏の演技が、海外で評価されたことが大変嬉しいです。

この映画祭は、「ボーヌ国際スリラー映画祭」という名前のフランスの映画祭で、その名の通り、ジャンルに特化した映画祭のようです。少し調べてみたところ、ダウンタウンの松ちゃんこと松本人志監督の「R100」という作品が、過去に新鋭賞を受賞したことがあるようです。

今回の映画祭で「ハイヒール」が大賞と批評家賞を受賞したニュースは、フランスのニュースサイトでも取り上げられていました。

難しい題材、そして血しぶきが飛び散る迫真のアクションなど、見る側の私たちにとって、心穏やかな映画ではありませんでしたが、心に葛藤を抱えて血みどろになりながら、流れるようにアクションシーンを熱演するスンウォン氏を見て、流血の場面にはそぐわない、「美しさ」を感じたことを思い出しました。監督の思い、主演俳優であるスンウォン氏の思いを受け止めるために、もう一度、「ハイヒール」が見たくなりました。

俳優として、また大きく一歩進んだスンウォン氏に、心からの拍手とお祝いを申し上げます。スンウォン氏、おめでとうございます!
関連記事

Comments 2

There are no comments yet.

Like a child dreaming a sweet dream  

管理人様。
スンウォン氏の演じたユン・ジウクの余韻から抜け出せません。「アクション」で「ノワール」で「スリラー」なのに、とても哀しい恋物語。
申し訳ありません、我慢できませんでした、めっちゃ長いです。勝手な感想なので、お返事はどうか気になさらないで下さいm(_ _)m。聞いていただくだけで幸せです。
ユン・ジウクは女になることで初恋に殉じようと思ったのだ、と思います。

初恋の彼は、なぜ自殺したのか。
繊細な雰囲気を持った、色白で目元の涼しげな少年。その彼が感情を迸らせたシーン。
教室の中、級友に囃し立てられて、じっと座ったままのジウク。黒板には2人が抱擁する様を落書きしたビラ。裸の女性の顔に、相手の少年の写真が貼られている。
ジウクは動けない。自分の恋心を囃し立てられる羞恥、「女」に擬せられた相手の少年に対する申し訳なさ。女であるのは自分なのに。二重三重の羞恥に絡め取られ、身動きできないジウク。
少年は黒板を見、そしてジウクを見、躊躇なく級友を殴り付ける。少年にはジウクの心が解るから。ジウクは女の子なんだから、僕が守ってあげなくちゃいけない。だから彼は薬缶を振り上げる。
「僕たちは2人とも病気なんだ。」
ジウクは恥じている。女装する自分を、女として彼を愛している自分を。少年はそれを知っている。
少年はただジウクを愛していて、性別なんか関係なかった。恐らく彼にとって、ジウクは世界の全て。そのジウクが不幸だ、自分を愛しているせいで。ならば、その自分を消してしまおう。ジウクを守るために。ジウクは自分の全てなのだから。

少年は死んで、ジウクは男を極める。自分の中の「女」を殺してしまいたくて。それは、少年を愛した自分を殺してしまうことでもある。幼い2人が愛し合っていたことは、「男」であるジウクにとって、決して肯定出来ないことだ。

きっかけは、仕事での女装だったのかもしれない。それは多分蕩けるような体験だったろう。と同時にジウクは思い出した筈だ。自分が一途に、一人の少年を愛していたことを。
ジウクが愛した人は、彼一人だけ。だがジウクは彼の死を、恋人として悼み悲しんだことは無い。なぜなら自分は「男」だから。幻のように現れる少年との想い出。胸を掻き毟られるような後悔と喪失感。だから今度はジウクは、男としての自分を殺そうとしたのだ。
今自分が女になっても、愛する少年はもういない。それでも女にならなければ、命をかけて自分を守ってくれた彼の愛を受け止めることが出来ない。
自分が愛するのは、少年ただ一人。ならば全てを捨てて、彼の愛を、自分の存在全てで受け止めたい。女になって、失った愛を成就させたい、恋人として彼の死に慟哭したい、と、ジウクは思ったのだと思う。

すでに失われていることが前提であるような愛の成就。それがジウクに出来る唯一の愛し方、愛の形だったのだろうな、と思う。

"I killed her in me."
そんなささやかな愛でさえ、とうとう成就させることは叶わなかったのだけれど。

2017/07/21 (Fri) 17:21

管理人  


Like a child dreaming a sweet dreamさん、コメントをありがとうございます。

「ハイヒールの男」にすっかり魅せられてしまったようですね。スンウォン氏の作品を見て、ファンがどんな感想を持つのか、というのは、同じファンとして気になるところであり、またとても楽しみなことでもあります。

「女になることで初恋に殉じようと思った」という書き出しから始まる切ない感想を読んでいるうちに、映画全編を通して流れるジウクの哀しみや、大切なものを失った虚無感が押し寄せてくるような気持ちになりました。

映画はスンウォン氏演じるユン・ジウクが中心のストーリーですが、ジウクの少年時代を振り返るシーンがとても大きな役割を果たしていました。私がいまだに感心してやまないのは、2人の少年のキャスティングです。

スンウォン氏の少年時代はきっとこんなふうだったのかも…と思わせる少年ジウクと、透明感のある初恋の少年。ナイーブな年頃でありながらも自我が芽生え、そして恋心を抱く少年たち。死によって二人の純粋な世界は無残にも突然の終わりを告げます。

あの日の彼の死とともにジウクは死んだ、と私は感じました。「男」としての強靭な身体を手に入れ、刑事としての人生を歩んでいはいるものの、ジウクの内面は身体と心のギャップを抱え、生きる目的すら見えずにもがいているように見えました。

女性になりたいという願望も、果たしてジウクにとってはどの程度の「生きる目的」だったのか、私にはそれすらも、大きな虚無感と哀しみに到底抗えるものではないように思えました。

映画のポスターには韓国語で「結局、私の中の彼女が死んだ」というフレーズが書かれていました。英語版のポスターは「I killed her in me.」どちらもニュアンスまで正確に訳すことは難しいように思うのですが、私は英語版のほうがジウク自身が彼の中の「彼女」を殺したという意味がより伝わるように思います。

女性になりたいという、ジウク自身の存在価値のような思いを最終的に押し殺したユン・ジウクは、結局、映画の中で二度死んだのではないでしょうか。本当に切ない映画ですが、スンウォン氏がこの作品に出会って演じることを選んだことは大きな意味があったと思う、素晴らしい作品です。

いつもご訪問ありがとうございます。またいらしてくださいね。

2017/07/22 (Sat) 16:06

コメントを書く/Comment