[web記事]「華政」チャ・スンウォン、ギリギリ中立外交が話題!


チャスンウォン


「チャ光海」チャ・スンウォンの朝鮮愛が盛り込まれている中立外交は、実際の歴史の中ではどうだったのだろうか?

MBCドラマ「華政」(脚本キム・イヨン/演出キム・サンホ、チェ・ジョンギュ)で光海(チャ・スンウォン)は、後金(こうきん:国の名前)と秘密裏に接触するかと思えば、軍事派兵を貫徹させようとする明(ミン)国の使者団と激しい精神戦を繰り広げて、手に汗を握る緊張感を出した。

この過程で光海は、重臣たちに向かって「お前たちが明国を天子の国だと称するのは、明国が朝鮮を統治してもいいということなのか?」と厳しい忠告を与えて、さらにジュウォン(ソ・ガンジュン)に「私の本当の夢は、朝鮮がもっと大きな中心に位置することだ」と打ち明け、切々とした国への愛情を吐露して視聴者に熱い感動を届けた。これによって光海の中立外交が再びスポットライトを浴びている中で、実際の歴史の中での中立外交はどうだったのかが注目されている。

光海君の在位期間の歴史を記録した「光海君日記」によると、光海が明国からの援軍要請について、どう考えていたかを垣間見ることができる。「重臣たちは今、私たちの兵力で後金(こうきん)をしばらく防ぐことができると思うのか。今、我々としては、懸命に努力して軍事力を育成して、生き延びる道を選び、人材を選抜し、民の心配を取り除き、民の心を喜ばせ、大幅に土地を開墾して兵器を調達し、城を修理することだ。このすべてを整理した後、情勢に対処することができるはずだ」と明示された部分を見ると、光海は富国強兵と民生安定が、不安定な国際情勢を打開できる方法だと思っていたことを知ることができる。また、ますます勢力を拡張していく後金をないがしろにはできないことを、非常に現実的に把握している。

当時、東アジアでの権力を掌握していた明(ミン)は、1952年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)以降、次第に衰退の道を歩むことになる。この隙に女真族(じょしんぞく)は1616年、後金(こうきん)を建国して、明国に戦争を宣布した。このように複雑に展開される国際情勢の中で光海は、朝鮮の状況を冷静に認識していた。彼は国防の備えとして大砲を鋳造して、平安道の監司パク・ヒョプと、満浦僉使(マンポチョンサ:役職名)チョン・チュンシンを任命し、国防を強化した。

しかし、明国の派兵要請をついに拒否できなかった。朝鮮が壬辰倭乱当時、援軍の支援を受けた前例があったからだ。光海は1618年、カン・ホンリプとキム・ギョンソに一万人余りを与えて明軍を援助することにした。同時にカン・ホンリプに「形勢を見て適当に投降した後、後金(こうきん)に韓国側の苦しい立場を説明して、誤解がないようにせよ」と命を下した。カン・ホンリプは後金に投降した後、不本意の出兵であったことを解明し、後金の報復を免れることができた。

このように光海の中立外交は、明国と後金との間で名分に偏らず、実利を選んだ外交政策であり、これにより、朝鮮は国家的被害を最小化することができた。しかし、光海のこのような外交政策は、性理学(儒学の一派)的名分論を信奉する西人(ソイン)勢力の非難の対象になって、後日、仁祖反正(インジョパンジョン)が起こる原因のうちの一つにもなった。

実際の光海が、「華政」の光海のように、切に国を愛する、愛民精神をもとに「中立外交」をしたのか、そうでなければ混乱した国際情勢の中で避けられない選択をしただけなのかどうかは断言できない。歴史自体が多様な解釈を可能にする「空間」を持っているためである。今後、「華政」で光海の動きと、彼の「中立外交」がどれほど興味深く描写されるか、期待感が高まる。

制作会社は「『華政』の中の光海は、善悪の基準では区分できない立体的な人物である。『華政』が描こうとする光海は、自分が抱いた大義と現実の中で、激しく悩んで戦っていく、ひとりの人間、光海である。第16回放送では、仁穆大妃(インモクテビ:シン・ウンジョン)が謀反の疑いをかけられるなど、これからも光海に、幾多の葛藤の瞬間が待っている。実際の歴史とドラマの中の光海が、どのように違い、どのように同じなのかを比較しながら視聴するのもよいだろう」と伝えた。

(ニュースエンの記事を翻訳しました)
※管理人が適宜、フリガナ、説明等を入れました。

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------------管理人のつぶやき------------

ちょっと小難しい感じの歴史解説記事なのですが、当時、光海君が置かれた状況が理解できる良い記事だと思います。乱暴に表現すると、国同士の三角関係の中で、光海君は自分の国がどちらと仲良くすれば良いのかを真剣に考えていたということのようです。

明(ミン)と後金(こうきん)を男性に例えると、明は年配のお金持ちの男性。でもオレ様主義なので、言うことを聞かないとご機嫌が悪い。イベントにも来いよ、とちょっと強圧的。後金は若いけれど、これから伸びそうな有望株。どっちにつくか、よーく考えてみたら、私(光海君率いる朝鮮)は、どちらの男性とも適度な距離を取りつつ、もっと自分自身にお金をかけて、自分を磨いて自立しなくちゃ!…といったところでしょうか。

そう考えると、何となく、光海君がとった「中立外交」というのが身近に感じられるから不思議です。歴史ドラマって意外と楽しいですね。

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