[web記事]チャ・スンウォン、友ユ・ヘジンに照らしてみる良い人と俳優(インタビュー2)


チャスンウォン 차승원 チャ・スンウォン


一時間に少し足りないインタビュー時間の間、チャ・スンウォンが最も多く出した単語のうちのひとつは「年齢」という言葉だった。

1970年生まれの彼の歳は今年で47だ。きちんと歳月を積み重ねてきた時間をありのままに受け入れるまでに、少し鋭かった視線、考えも滑らかに変わっていった。自分の職業である演技に対する気持ちも、はるかに落ち着いて深まったのはもちろんである。

チャ・スンウォンと会ったのは3日間のインタビューを終える日だった。日射しがギラギラした遅い午後、ビールを一緒に飲もうと提案した彼は「最近こんなのが本当にいいのですよ。夜遅くまで飲まずにこのように無理しないで一杯二杯するのです。一口ずつ飲みましょう」と特有のユーモアと一緒に笑顔で乾杯を提案する。普段家でも夜9時ごろにビール一缶を飲みながら落ち着いて気楽に時間を過ごそうとするという彼である。

話は自然にチャ・スンウォンの過ぎ去った時間、これから描く図につながった。

「次は現代劇をしてみたいと思います。楽しくできると思います。私が歴史にも関心があるほうで、「古山子、大東輿地図」は面白かった。ところが、年齢がちょっと行って、子供を育てているうちに、もう極端でとても暗い作品はちょっと敬遠するようになりました。これが、一方では俳優としてはあまりよくないことなのにです。基本的に私の性向がコメディが好きで、退屈なのものには耐えられません。今は年齢が少し行ったので、ブラックコメディーのような、暗い面があるが、それを少しひねってみるような演技をしてみたいという思いがあります」

チャ・スンウォンは自分の年齢になると、現実的でないキャラクターを演じても現実的になると言って笑った。また、それは時間がもたらす大きなメリットだと付け加えた。

彼は9月7日の「古山子、大東輿地図」の封切とともに様々なチャンネルを通じて大衆とコミュニケーションをとったことを振り返り、実際にはTVを見て自分が出演した番組が映ると、素早くチャンネルを変えると話した。ただし、人間チャ・スンウォンと俳優チャ・スンウォンが持つギャップが大きくなり過ぎないように、その差を確認するために見る場合もあると伝えた。

「”私がどんな風にしたのか全部記憶があるのに、私が見てさらに楽しいことがあるだろうか?”こんな考えです(笑)あ、それでもたまに見る時はあります。私が知らない、カメラで撮った時だけ見ることができる自分の姿があるでしょう。その差があまりにもひどい場合は乖離感が感じられるから、そんなのは直したいと思い見てみます。(幸い)最近は”私はあんな話をなぜしたのか?”というようなことはないようです。”私の日常と近いよね”ということを考えます。だからそこ(テレビ)にいるチャ・スンウォンと今の私、映画で演技する私の姿、このような部分の接点を探そうと努力しています」

一人の良い俳優であり、良い人になりたいというのが彼の望みだ。俳優という職業を持つさまざまな道のうち、チャ・スンウォンはモデル出身の俳優の道を切り拓いた人として挙げられる。どの瞬間も”自分とよく似合う物は何だろうか、自分が理解できる演技は何だろうか”を絶えず悩んで、また体得してきた時間だった。

チャ・スンウォンは「私が理解できるそのような演技をしてみると、体で生きてきた習慣が自然に出るようです」と自分の考えを伝えた。

「演技というのは私ではない姿が出ているのではないのです。もちろんある方たちは演技力があまりにも優れているDNAがあって、話にならないほどの演技をする人もいるが、ある程度役者たちを見ていると、”生きてきた演技をしている”気がします。この話は、演技が上手な人たちは、世の中を眺める視覚が普遍的で正しい人が多いということでしょう。演技が上手というのは見ている人が理解をするということですね。”あなたの演技に共感する”ということなのに、共感するということは、普遍的な考え方に自分の色をつけるのです。そのためには、同時代を生きている人をよく理解する必要があるのです。そうして(人々が)どんなことを理解して好きで嫌いなのかいつの間にか自分が分かるようになることで、それが演技に出てくるのだと思います」

チャスンウォン ユ・ヘジン 차승원 チャ・スンウォン


その例として、チャ・スンウォンは厚い友情を誇る同僚のユ・ヘジンを挙げ、「とても良い俳優」と親指を立てた。チャ・スンウォンとユ・ヘジンは、バラエティー「三食ごはん」の中の調和で人気を得る前から、映画「アタック・ザ・ガス・ステーション」(1999)、「風林高(新羅の月夜)」(2001)、「ライターをつけろ」(2002)、「ジェイル・ブレーカー(光復節特赦)」(2002)、「血の涙」(2005)、「国境の南」(2006)、「里長と郡守」(2007)などに一緒に出演した縁がある。

「だから(ユ)ヘジンさんが羨ましい点があります。とても日常的であり、また日常にぴったりとつくような、そしてそれだけでなく、生まれつきのその人の勤勉さと誠実さ、また演技に対する渇きと渇望、こんなのが包括的にあります。それでヘジンさんはどんなキャラクターを任されてもよく調和して、とても一般的なキャラクターにもその力を発揮します。また、ヘジンさんに対する大衆の支持もあります。それはその人が良く生きてきたので、他の人に笑いを与え、悲しくすることが可能なのです。どんな俳優たちを見ても、自分一人でおもしろくて悲しい時があります。もちろん、台本であることもあるが、それがそうでない場合がほとんどです。それは俳優にとても重要です。だから私が考えるに、俳優の演技ももちろんそうだが、それ以前に日常的な人生がさらに重要なのだと思います」

その”普遍的な考え方”を理解するため、たくさん見て、人々と話を交わし、観察をして、質問も多く投げてみなければならないというのが彼の考えだ。チャ・スンウォンは「実際、だから俳優は大変です」と豪快に笑った。

「”あの人の演技に本当に良い”、”発声、発音がいい”その他に”あの人がすれば説得力がある”というのがあります。人を探求しなければならないというのは、世界と私がともによく生きていかなければならないのです。そうしてこそ、演技をしても共感されるのです。演技が急成長するのはどこかで神からの啓示を受けてきたからでしょうか?それはないでしょう(笑)生きてきた習慣も違うし、会う人たちも異なるが、そうだとしても俳優は一般的に理解できるいくつかのポイントがあります。同じセリフでも、ある俳優が言うとパッと懐かしく感じられるのはなぜなのでしょうか。それはその人が探求した人たち、またはその人が誰かと話をした時、共感された部分がいつの間にか理解されたのです。そのため、個人の生活もとても重要だというのです。」

俳優だけに限られたものではなく、全ての職業に同じく適用できるような言葉である。聞きながらおのずと頷かされる、人生の先輩が伝えてくれる人生の指針みたいな話に「このような悟りはいつ開いたのか」と冗談を言ったら、チャ・スンウォンは「今でも悟っている」と再び笑みをたたえている。既に良い人であり、また、良い俳優と呼んでも不足しないようなその姿である。

(エクスポーツニュースの記事を翻訳しました)

*この記事はエクスポーツニュースのニュース記事を管理人が翻訳しました。チャ・スンウォン氏の非公式ファンサイトとして、日本のファンへの情報共有を目的に無断翻訳しております。著作権者、利害関係者からの削除要請の意思表示を受けた場合、速やかに誠意をもって応じたいと思いますのでご一報ください。

☞インタビュー3に続く



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