[web記事]「恥ずかしくない作品」…チャ・スンウォン「古山子」で再発見したスタート地点(インタビュー1)


チャスンウォン 차승원 チャ・スンウォン


「スクリーンの中の俳優チャ・スンウォンの姿が本当に見たかった」という挨拶に、彼は照れくさそうに笑った。面はゆい話は嫌がるであろうチャ・スンウォンの性格をあえて察しながらも、彼の演技人生でまた別のポイントとなった、9ヵ月間の旅路を終えた彼にエールを送りたかった。

チャ・スンウォンが映画「古山子、大東輿地図」(監督カン・ウソク)で戻ってきた。2014年の「ハイヒール」以降、2年ぶりのスクリーン復帰である。タイトルロールの古山子(こさんじゃ)キム・ジョンホ役を演じたチャ・スンウォンは、デビュー29年目で初めて実在の人物の演技に挑戦し、大東輿地図を完成した朝鮮の地図師キム・ジョンホの話を笑いと感動で描き出した。

9カ月という長い時間、全国津々浦々で続いたロケーションはもちろん、なんと10万6240kmに達する距離を行き来して、キム・ジョンホの痕跡を追った時間だった。

合わせてA4用紙一枚余りの記録として残っているキム・ジョンホという人物。映画は序盤、美しい韓国の風景とともに、キム・ジョンホの娘スンシル(ナム・ジヒョン)と、彼の周辺を守るバウ(キム・イングォン)などの話を伝え、人間キム・ジョンホの人生を照らすのに続き、後半部は地図師キム・ジョンホの姿により集中的に光を当ててスクリーンの中に溶け込ませた。

「古山子、大東輿地図」に静かに陥っていた時間を回想したチャ・スンウォンは、「俳優として大きな冒険であり、幸せであり、意味ある作業だった」と話した。

シナリオを読みながら決定的に心をとらえたシーンは、後半部でバウが光化門の中央で、キム・ジョンホの地図を広げているシーンだった。

チャ・スンウォンは「そのシーンがこの映画が与えるメッセージ、”キム・ジョンホはどうして地図を作ったのだろうか”に対する説明であり、”キム・ジョンホはこのような人である”ということが明確に現れるシーンだと思いました。私が次にどのような役を引き受けるかは分からないけれど、俳優としてこのような人物にずっと寄り添って演技できる機会がどのくらいあるでしょうか。意味があります」と微笑んだ。

チャスンウォン 古山子 大東輿地図 キム・イングォン ナム・ジヒョン チャ・スンウォン


基本的に偉人についての話だが、少しの余地は残しておいても大丈夫だと思えた。中人(管理人註:朝鮮時代の官僚と民間人の間の身分)というキム・ジョンホの身分も、チャ・スンウォンには人物を描いていくのに少なからぬ影響を及ぼした。映画の中で現れるキム・ジョンホの人間的な姿や愉快な部分は全て彼が意図したことだった。

「キム・ジョンホが残した偉大な業績は番外として、私が考えたキム・ジョンホという人の姿、娘やバウという(仮想の人物との)関係を考えました。偉人について毀損するほどではないが、もう少し柔らかく描くことができるとみました。(身分がそうだと全てがそういうことではないが)私が見た時には、身分を一番よく示すのが話し方や振る舞い、空間だと思いました。会う人たちや自分より上の人に対する反応、こうしたことを総合してみるのです。序盤に白頭山(ペクトゥサン)に行ってから、キム・ジョンホの家に行くのに、その空間と人々が私を自然に作ってくれました。だからありのままを受け入れてみようと思いました。」

チャ・スンウォンの「古山子、大東輿地図」の初撮影地は白頭山だった。「三代が徳を積んでこそ、白頭山のきれいな風景が見られる」いう言葉があるほど見ることが難しい天地(ティエンチ)の姿を、チャ・スンウォンは初めての訪問で視線いっぱいに完全に表わすことができた。チャ・スンウォンをはじめ、カン・ウソク監督は「白頭山天地(ペクトゥサン ティエンチ)のシーンはCGではない」と重ねて強調している。

「”白頭山に行って良かったですか”というのではなくて完全に違う感じだったのです。良し悪しではないのです。画面がCGと同じだったでしょう。そんな非現実的な感じです(笑)”本当に良い”ではなくて”え、なにこれ?”こんな気分です。白頭山についての話の中で”天地(ティエンチ)に怪物が出てくる”というような話があるでしょう。本当に天ととても近いため、怪物が出てこなければ不思議なくらいの感じ?(笑)他の山とは本当に完全に違いました。」

先立って開かれた制作報告会とマスコミ試写会など「古山子、大東輿地図」を紹介する席で「実在の人物を演じるのは難しいようだ」と話していた本音も率直に吐露した。

「世宗大王(セジョンデワン)や李舜臣(イ・スンシン)のような偉人たちが私たちの心に占めているポジションがあるじゃないですか。これが下手をして、その範囲を外れると、演技が上手でも下手でも、非難を受けることになります。実際にはそれを変奏して、色を与えるのが俳優の役目ですが、下手をしては変に毀損してしまう危険な冒険になる場合もあるからです。幸い、キム・ジョンホという人物の記録は、たくさんの結果だけを残して去った方なので、推測が可能でいろいろと表現できると思いました」

1988年のデビュー以来、いつのまにか29年という時間が過ぎた。大衆により気楽に近づいたコメディーはもちろん、ドラマやノワールなど、さまざまなジャンルに挑戦し、自分の領域を作ってきた。チャ・スンウォンは「古山子、大東輿地図」を通じて俳優の人生で新たなスタート地点を探すことができたと話した。

「今回の作品は私にとって重要なポイントである映画だと話しました。この作品をしながら、これから私が進むべき道の中の一つをやったのだと思います。そしてまた、他の図を広げた時に、「古山子、大東輿地図」はそのスタート地点とすることができる映画だと思います。私の年齢が若くもなく、これからがどうなるか分かりませんが、それでも俳優としては本当に幸せでしたし、意味のある映画に参加したのではないかと思っています。どんな作品をした時も、”恥ずかしいのか、恥ずかしくないのか”というのが私にとって大変重要なカギなのです。「古山子、大東輿地図」は”恥ずかしくはなかった”というのが私の気持ちです」

(エクスポーツニュースの記事を翻訳しました)

*この記事はエクスポーツニュースのニュース記事を管理人が翻訳しました。チャ・スンウォン氏の非公式ファンサイトとして、日本のファンへの情報共有を目的に無断翻訳しております。著作権者、利害関係者からの削除要請の意思表示を受けた場合、速やかに誠意をもって応じたいと思いますのでご一報ください。

☞インタビュー2に続く


関連記事

Comments 0

There are no comments yet.

コメントを書く/Comment